沿革

 妙好山雲際寺は、嘉祥3年(850)に慈覚大師円仁の開基による、天台宗関山中尊寺の前身である山岳寺院の別院でした。
 文治2年(1186)に源義経が主従十二人と正妻北の方と共に奥州平泉に下って来た際、北の方により当寺が再興されました。敗れて後、随身の僧より義経と北の方の位牌が安置されました。今日迄その位牌は当寺で脈々とお護りされております。


新しく作り直した標柱と永代供養塔
本堂大間
本 堂 大 間 新しく作り直した標柱と永代供養塔

須 弥 壇

 時が流れ文明5年(1473)に当寺は曹洞宗となり、二度目の復興をいたしました。
 元和2年(1616)伊達の藩政時代には、かつて、武田信玄や織田信長等と並ぶ奥羽きっての戦国大名であった芦名家の末裔である針生民部大輔平盛信(後に芦名に復す)が伊達の臣として転封されて来ました。

 雲際寺は、盛信をはじめ芦名家代々により3度目の再興がなされ、芦名氏は98年間の衣川在住の後も、当寺が恒久に荒れ果てぬように、寺領や定水を寄進するなど手篤い配慮を行ないました。以後も壇信徒の手により寺は守られ、法燈は揺るぎなく灯し続けられております。

芦名氏代々の墓
芦名氏より寄進の定水 芦名氏代々の墓

中尊に不動明王。脇侍こんがら童子(右)、せいたか童子(左)。中央手前に藤原光政作の鏡。 山号額
山 号 額

中尊に不動明王。
 脇侍こんがら童子(右)、せいたか童子(左)。

 中央手前に藤原光政作の鏡。
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